東海大相模・145km/hカルテットが早すぎる解散、3投手で15奪三振も敗退

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 最速145km/hを越す投手を4人擁し、予選7試合で11発の打線を抱えて優勝候補にも挙がった東海大相模は、初戦で姿を消した。145km/hカルテットのうち3人が登板し、合計15三振を奪ったものの3-4で敗れた。3年生の青島凌也投手と佐藤雄偉知投手はこれで高校野球を終え、最速カルテットは早すぎる解散となった。

3投手リレー

 この日のエース・青島凌也投手は、おそらく高校生活でも3年間の中でNO1となるものすごいピッチングをしていた。球速は142km/h前後だが、球の回転がものすごく、盛岡大付の打者もストレートで空振りをしていた。

 1回を三者三振で立ち上がると、2回には高めに抜けたスライダーをスタンドに運ばれるもその後は2三振、3回もヒットを許したものの3奪三振と、3回の9つのアウトのうち8つを三振で奪った。

 しかし4回あたりから球速が140km/hを割るようになると、150km/h近い球を打つ練習をしてきた盛岡大付に当てられるようになり、4回は3つの飛球、5回も三振は1つとなった。そして6回、2アウトまでは打ち取ったものの、四球を与えると2連打で1失点、さらに死球でピンチを背負うとライト前ヒットでさらに2点を失った。

 ここで左腕の小笠原慎之介投手が登板すると四球を与えたものの次の打者を三振に打ち取った。小笠原投手は最速145km/hの速球で7回も2三振を奪って無失点に抑えると、8回からは吉田凌投手が登板、145km/hの速球で2回をノーヒット3奪三振に抑えた。

 青島投手は5回2/3で6安打9奪三振2四死球で4失点、小笠原投手は1回1/3で1安打3奪三振1四死球0失点、吉田凌投手は2回で0安打3奪三振0失点、3人のリレーで15奪三振を記録した。

 

球速だけではないカルテット

 2012年に青島凌也投手と佐藤雄偉知投手が入学し、2013年に吉田凌投手と小笠原慎之介投手が加わった。共に1年時から140km/hを超すストレートを見せて話題となったが、当然のことながら常に良い状態だったわけではなかった。

 最初は青島投手が中学時代から評判の投球を見せたものの、やや伸び悩みを見せる。その間に190cmの佐藤投手が頭角を現す。吉田投手、小笠原投手が加わると二人が好投を見せ、吉田投手がエース格として登板したものの、その秋には吉田投手が絶不調となった。

 この時、吉田投手は野球を辞める事も考えるまで追い込まれたというが、青島投手が「お前がいないとダメだ。1日でも早く復帰できるよう協力する」と説得して野球を続けさせた。そして吉田投手はさらに成長を見せて先日の1試合20奪三振の投球を見せ、青島投手も再び成長しエースとして甲子園出場を決めた。

 佐藤投手は最後の夏は不調になり登板機会は減ってしまったものの、「他の3人がいたから、厳しい練習も乗り越えられた」と話す。4人は145km/hという球速だけでなく、それぞれがお互いを認め、お互いを必要としながら成長をしてきた、心の繋がりのカルテットだった。

 

早すぎる解散

 甲子園初戦敗退で国体の出場もほぼ無くなった。4人とも将来はプロ入りする素質を持っているが、この4人が同じチームに揃う可能性は低いだろう。青島投手は「2年の2人には、期待しています」と来年の甲子園勝利を託し、吉田投手も「来年は春夏と甲子園で戦い、自分が引っ張って日本一を目指す」と話した。

 来年は吉田投手、小笠原投手がチームを引っ張り、新たに加わるであろう投手と共に甲子園優勝を狙う。

 青島投手は進学の可能性が高く、佐藤投手はプロ入りを希望しているといわれる。この二人の進路にも注目される。

  “140キロカルテット”の夏が終わった。青島は3回まで8Kと最高の立ち上がり。だが、無情の雨が勢いをそいだ。ぬかるむマウンド、滑る球に苦しんだ。計9Kも6回途中を4失点。それでも救援した2年生2人が熱投した。2番手の小笠原は1回1/3を3奪三振。神奈川決勝で20Kの大会タイ記録を樹立した吉田も、8回からの2イニングで3三振を奪った。3投手で15Kと奮投し、190センチ右腕の佐藤雄偉知(3年)もブルペンで準備した。だが勝利は遠かった。

 どんな時も4人で支え合ってきた。前夜の宿舎では青島の部屋に自然と4人が集まり、松本の攻略法を話し合った。投手練習での走り込みでも、佐藤は「他の3人がいたから、厳しい練習も乗り越えられた」と言う。

 吉田は昨秋、絶不調で自信を喪失。「野球を辞める」と退部を考えた。それを先輩の青島が察知。必死に説得した。吉田は「『お前がいないとダメだ。1日でも早く復帰できるよう協力する』と僕を必要としてくれた」と感謝する。この一言がなければ、吉田の記録も、甲子園出場もなかった。

 神奈川大会決勝で20奪三振を奪い、この日は8回からの2イニングを無安打に抑えた吉田は「来年は春夏と甲子園で戦い、自分が引っ張って日本一を目指す」と雪辱を誓った。

 登板のなかった3年生右腕・佐藤も含め、4人の絆は固い。冬場の厳しい走り込みでは、吉田が先輩の青島を「青さん、遅いよ」と、軽口であおった。学年を超えて互いを磨きあった日々に、青島は「3人がいなければ成長はなかった」と感謝し「後輩2人には全国制覇して欲しい」と夢を託した。「もっとレベルアップして、甲子園に帰ってきたい」と吉田。カルテットは解散しても、この経験が必ず生きる時が来る。

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